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第3回ブルノンヴィル・サマー・セミナーに寄せて

第3回ブルノンヴィル・サマー・セミナーin東京 2012年8月

 

リポート: ジュリー・クロンショウ(ロンドン・ハイゲイトバレエスクール主宰。チェケッティ研究家)

 

デンマークから遠く離れたここ東京の、摩天楼と都心の大通りの一角に静かにたたずむ花伝舎スタジオがある。8月中旬の、湿度の高い日曜日の朝、公益財団法人井上バレエ団が主催する講習会が始まった。伝統のブルノンヴィルスタイルのクラス、レパートリー、マイムのマスタークラス。1968年に設立された井上バレエ団は、ブルノンヴィル作品を上演するのみならず、ブルノンヴィルスタイルを継続的に学んでいる日本で唯一のバレエ団である。

 

2010年、デンマーク王立バレエ団との協力により、ブルノンヴィルスタイルを深く学ぶ目的で井上バレエ団は一週間にわたるサマー・セミナーの開催を決定した。今年は,水曜日のクラスを中心に、レパートリーとしては、「ブリュージュの大市」と「アマー島の王の志願兵」からのヴァリエーションとマイムを勉強した。

 

13歳の若い生徒から井上バレエ団のダンサー、各地からの教師を含む70名あまりの受講者が午前10時から集合し、今回の講師一同と対面した。デンマーク王立バレエ団の前芸術監督フランク・アンダーソンとその妻でデンマーク王立バレエ団のプリンシパルキャラクターダンサーであるエヴァ・クロボーグ。この2人は1984年から井上バレエ団とかかわっている。他に教師として、フィンランド国立バレエ団の前芸術監督ディナ・ビヨルン、ノルウェー王立バレエ団でプリンシパルを務めたエリック・ヴューデ、現在デンマーク王立バレエ団でソリストとして活躍しているディアナ・クーニ、さらにコペンハーゲンを中心にバレエ・音楽史の研究家であり、バレエ学校の教師も務めるオーレ・ノーリン。

 

午前10時30分から午後4時まで、15分程度の短い休憩を2回はさんで受講生たちは年齢と経験年数によって2つのグループに分かれ、クラスを受ける。どちらも1週間にわたり、今回のテーマのクラスと作品を学ぶ。それぞれのスタジオでは、服部雅好、真家香代子の二人のピアニストが技巧的、感覚的に優れた伴奏を務める。

 

上級生クラスでは、エヴァ・クロボーグがフランク・アンダーソンの助けを得つつ、ヴォルコバを髣髴させるエレガントなバーレッスンを行い、水曜日クラスのセンターレッスンへと続く。隣のスタジオでは、エリック・ヴューデが若い生徒たちにとっては挑戦であるカンパニークラスに近いバーレッスンを行い、ディナ・ビヨルンがセンターで水曜日クラスからレパートリーまでを指導する。幸いなことに、このクラスではディアナ・クーニが生徒たちの前でお手本を示し、ブルノンヴィルスタイルのテクニックと音楽性をきちんと見せる。また、数少ない男性受講生は、もう一つのスタジオでフランク・アンダーソンとエリック・ヴューデにほぼマンツーマンでヴァリエーションとマイムの男性パートの指導を受けるという幸運を得た。

 

エヴァ・クロボーグとディナ・ビヨルンの指導法を見ていて非常に興味深く思われたことは、振りを習う生徒たちに、頭や肩から下に向って教えていくこと。エポールマン、はっきりした体の軸の説明、そして目線、焦点の合わせ方もきちんと学ばせる。この方法で、経験の浅い生徒達でもステップを早く覚え、一週間をかけてテクニックとスタイルを練習し、洗練させていくことができる。見学する教師の一人として、これは非常に印象に残った。

 

初日のランチタイムの後のマイムクラスでは、これから作品のマイムを学ぶ基礎となる動きをフランク・アンダーソンが指導した。強烈なエネルギーで生徒たちを引き込んでいく。オーレ・ノーリンが長年の経験から、ウィットに富み、息の合った伴奏をつける。

ブルノンヴィルバレエは自然なマイムを特徴とするが、シンプルに自然に見えるマイムをすることは、見かけよりもずっと難しい!デンマークの教師陣は、それぞれが子供の時からブルノンヴィルバレエの中で育ってきており、体に染みついたマイムは何とも簡単そうに見える。その技と伝統を直接目にするという恩恵に浴したわけだが、古臭いとか必要ないという理由で、こうしたマイムがブルノンヴィルバレエから消えてしまわないことを切に祈る。

 

午後4時30分から6時は、オーレ・ノーリンによる講義の時間。ブルノンヴィルの生涯とその時代について学び、今回のテーマである2作品のフィルムを鑑賞する。これらの作品はデンマーク以外で上演されることはまれなので、ここで2,3の異なるヴァージョンを観る機会を得るのは実に贅沢なことである。ブルノンヴィルの3幕物の作品では2幕にファンタジックな世界が扱われ、3幕ではハッピーエンドとなることが多い。「ラ・シルフィード」は例外と言える。ブルノンヴィルはボードヴィルバレエと呼ばれる、短いコメディバレエも作っており、「アマー島の王の志願兵」はその一例である。この中でブルノンヴィルは若いころに知っていたアマーという海辺の町を再現しようとしている。オーレによればアマーは現在コペンハーゲン空港があるところである。

講習会の行われている朝から講義までの時間帯には、オーレ・ノーリンのライブラリーが別な部屋に開設されている。生徒や見学者は自由に出入りして、ほかのバレエのフィルムを観たり、ブルノンヴィルに関する様々な資料を見ることができる。

 

セミナーが終わりに近づくころには、一番若い生徒でさえもヴァリエーションを自信と正確なテクニックを持って踊れるようになる。これは、通して見学していた人々のみならず、教師たちをも驚かせた。静かな集中力と疲れを知らないエネルギーで、生徒たちは教師一同に強い印象を与えた。見学者の一人としての私自身は、これまでに日本を旅したり、日本で働いた経験を持たないが、ここに参加している日本人の受講生たちが踊りを学ぼうとする純粋な愛とこれにかける強い気持ちに感動を覚えた。

 

セミナー最終日の金曜日には、受講生たちは、この一週間に学んだすべてを発表し、見学者および受講生の家族や教師にこれを見る機会が与えられた。ディナ・ビヨルンは若い生徒たちをグループ分けして、数回繰り返せば全員がすべてのヴァリエーションのパートを踊ることができるようにして発表をさせる。エヴァ・クロボーグのクラスの経験あるダンサーたちは、レベルの高いテクニックと芸術性の高いパフォーマンスを見せた。マイムシーンでは、見学者もコミカルな演技に笑いをさそわれていた。ここでも受講生は役を入れ替わりながら、演技を見せた。

 

私の個人的な感想だが、特にこれまでブルノンヴィルに接したことのない受講生が、一週間どのように格闘しながら振付やマイムを勉強していくかを見ることが大変興味深いことだった。次第に”努力してないように見せる”ブルノンヴィルのスタイルをマスターし、音楽やリズムの細部を理解し、マイムを演じる自信を身に着けていく過程を見ることができた。

 

このたびの経験をするにあたり、このセミナーの主催者、制作の諸角佳津美、理事長の岡本佳津子の両氏をはじめ、毎日受付にいて様々な配慮をしてくれた石沢恵美、宮路昌美のお二人にも深く感謝を申し上げる。

 

日本においてクラシックバレエを学ぶことは特権であり、この芸術はとても尊敬されている、ということに気付いた。東京を中心にレベルの高いバレエ団があり、様々なスクールではワガノワ、RAD、等の国際的水準に並ぶ教育をして、コンクールでもよい成績を残し、立派な公演を行っている。クラシックバレエのトレーニングはお金がかかる。でもバレエを習おうとする人たちは、プロを目指して毎日レッスンするにせよ、趣味としてやるにせよ、「やる価値のあることは、”良く”やる価値がある」という格言のようにトレーニングをする。日本の若いダンサーのうち多くが国際的にプロとして踊れるレベルにあるにも拘わらず、職業として踊る人の数は少ない。職業としていこうという人の多くは、海外で勉強したり働いたりすることが多いようだ。

今回は、ブルノンヴィルのセミナーのみならず、日本人のバレエへの取り組み方を見ることができ、また、日本の素晴らしい文化に少しなりとも触れる機会を得たことに本当に感謝している。

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