HISTORY

井上博文によるバレエ劇場

東勇作、橘秋子、小牧正英、A.A.ワルラーモフ、ロイ・トバイアス、セルジュ・ペレッティに師事した井上博文は、1963年パリ・テアトル・バレエ団来日の際に認められ、契約を結び渡仏した。以後、ケルン・オペラハウス・バレエ団、アムステルダム・オペラハウス、モンテ・カルロ・バレエリュッスなどでソリストとして活躍。1967年2月に帰国。帰国後の最初の舞台となった「羽衣」で絶賛を博し、昭和42年度文部省芸術祭奨励賞を受賞した。
そして、1968年「井上博文によるバレエ小劇場」のタイトルのもと、公演プロデュースを開始。その後、井上博文バレエ団を結成する。

団 次郎 / 岡本佳津子

ダンサーの他、振付・美術・衣裳などの各部門に井上の好みの人材を集める”プロデューサーシステム“という手法は、当時としては新しいものであった。谷桃子、岡本佳津子をプリマに迎え、オリジナリティーのある作品を発表して注目を集めた。第2回公演では早くも東京文化会館において全幕の大作に挑戦し、「マイ・シンデレラ」という作品の王子役に当時トップモデルであった団次郎を王子に迎えるなど、奇抜なアイデアで話題となった。その後もゲストダンサーとして世界有数のバレエ団からプリンシパルダンサーを招いて日本の観客に紹介した。またアントン・ドーリン、アンドレ・プロコフスキー、アルフレッド・ロドリゲスなどの作家を招いて原作を忠実に伝える努力をする。

ピーター・ファーマーによる
衣裳デザイン(眠りの森の美女「赤ずきんちゃん」)

宇野亜喜良による
「火の鳥」(1971)チラシ

井上は、ヨーロッパで見てきたような舞台を作るために美術・衣裳の重要性を強く意識していた。まず、バレエ団内に衣裳スタジオを設置し、好みの衣裳を製作する。美術においては、宇野亜喜良に依頼した「火の鳥」、橋本潔(美術)、ワーレン・ノット(衣装)による「ジゼル」など、当時の日本バレエ界においてはまだ十分に意識されていなかった部分に力を注いだ。1977年、英国のピーター・ファーマーにデザインを依頼した「白鳥の湖」では、見事に井上の理想とする舞台を現出した。その後、主なレパートリーの舞台をピーター・ファーマーの美術によって制作し、井上バレエ団の特色の一つとなった。

クラシックバレエの世界に留まらず、日本舞踊、スペイン舞踊、モダンダンス、舞踏などを 「舞踊」という大きな枠組みの中でとらえ、コラボレーションを行ったことも先駆的であったといえる。特に、原作をそのまま日本舞踊に置き換えた「パ・ド・カトル」(杉昌郎振付)は、原作の振付者アントン・ドーリンに「オリジナルより美しい」と絶賛された。小泉八雲原作の「雪女」に基づいて創作された「ゆきひめ」(1972年初演)はワーグナーの音楽、日本舞踊に用いられる掛けや扇を巧みにもちいた演出、日本舞踊とバレエそれぞれの一流ダンサーによる共演により、海外公演でも好評を得た。「ゆきひめ」は2015年アネックスシアターにおいても再演されたが、現代にも十分通じる優れた作品であることを示した。

財団法人井上バレエ団

1983年、井上バレエ団は財団法人の認可を受ける。1984年、デンマーク王立バレエ団よりプリンシパルのフランク・アンダーソンと夫人のエヴァ・クロボーグを招き、ブルノンヴィルの作品を上演する。井上はブルノンヴィル作品に興味を持ち、レパートリーに加えることをかねてから望んでいた。こののち、デンマーク王立バレエ団とはダンサーの招聘、井上バレエ団ダンサーの派遣などを通して、交流を深めていく。
1987年7月、第50回の公演をもって、「井上博文によるバレエ劇場」というタイトルのもとでの公演には終止符を打ち、51回目からは「井上バレエ団公演」の名のもとに公演活動を行うこととする。

井上博文の急逝とその後の井上バレエ団

藤井直子 / シリル・アタナソフ
(1990「コッペリア」より)

ピーター・ファーマー

1987年12月と1988年2月に続けてヨーロッパを訪れた井上は、多くの人々に会い、今後の仕事の基礎作りをする。そして帰国直後の2月13日、脳内出血のため、帰らぬ人となる。
これまで井上のもとでバレエ団経営、舞台制作を支えてきたスタッフが力を結集し、これまで多くの作品を振付けてきた関直人を芸術監督に、永年プリマとして踊ってきた岡本佳津子を常務理事に迎え、井上が築いた基礎を基に井上亡き後のバレエ団活動を続けていくことを決意する。

井上が残した多くの人的財産がある。

ラ・ヴェンタナ

ピーター・ファーマーとは1990年「コッペリア」、1992年「ジゼル」、1995年「白鳥の湖」、2001年「シンデレラ」、2003年「眠りの森の美女」を新制作する。
フランク・アンダーソンは毎年ブルノンヴィルスタイルの指導に訪れ、1996年に成果として「ラ・シルフィード」を上演、その後も「ナポリ3幕」「コンセルヴァトワール」「ジェンツァーノの花祭り」などをレパートリーに加えてきた。2010年からは全国規模のブルノンヴィル・セミナーを実施している。
パリ・オペラ座のシリル・アタナソフは自らの公演出演のみならず、ダンサーの指導にも協力を惜しまず、井上のパリ時代の友人ジャニィ・ストラはすでに40年近くに渡り、毎年講習会を開き、ほかにもゲスト出演をきっかけにずっと井上バレエ団を見守り続けてくれる多くのダンサーがいる。
国内においても、多くの作家、バレエ研究家、美術家、照明家、音楽家、等の方々の協力を得ながら、活動を続けている。

公益財団法人への移行と新しい試み

アネックスシアターvol.5より 「斑女」
振付/石井 竜一
出演:源小織、荒井成也、津村禮次郎

2011年には公益財団法人の認定を受ける。この年に始めた「アネックスシアター」においては、レパートリーの中から優れた小作品を選んで紹介するとともに、現代の振付家に依頼した作品を上演し、ダンサーの踊りの幅を広げることに努めている。

シルヴィア衣装 デザイン画

2019年7月公演において、石井竜一振り付けによる「シルヴィア」全3幕を新制作、上演。大沢佐智子デザインによるセットの製作、衣装デザインの西原梨恵を迎え、柊舎が全幕の衣装を担当した。
この公演に向けての準備中に芸術監督関直人が急逝。そのショックの中で今後の井上バレエ団の進む道の一つを示す公演であった。

2020年初頭からのコロナ感染症の拡大を受け、バレエ団活動は大きく制限され、公演の延期、観客数を半分にするなど厳しい時期を経験する。コロナで衰えた文化活動を支えるために始まった文化庁のアートキャラバン事業に参加し、2021年度は佐世保と三沢、2022年度には宇都宮と長崎で公演を行うほか、俊友会管弦楽団公演への客演、ロイヤルチェンバーオーケストラと組んでの学校公演、イベントへの参加などバレエの普及、ダンサーの育成に努力を続けている。

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